6月の米利上げ観測が広がる中、25日には人民元の対米ドル中間レート(中国人民銀行が毎営業日に設定する基準値)が2011年3月以来5年2カ月ぶりの安値水準に設定され、為替相場の先行き不透明感が再燃しつつある。この日の基準値は前日比で0.225元(0.343%)安の1米ドル=6.5693元。実際には為替市場の反応は冷静で、CNY(オンショア人民元)、CNH(オフショア人民元)市場ともに小動き。CHYとCNHの乖離幅も小さく、年初に見られたようなオフショア人民元の大量売りといった異常事態は見られなかった。ただ、米『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)が24日、「中国人民銀行が為替政策を見直し、基準値設定上の市場化メカニズムの運用を取りやめた」と報道したことなども不透明感につながる要因。市場に当面、元安懸念、資金流出懸念がくすぶる可能性が指摘されている。
◆米利上げ観測が元安圧力、市場は今のところ冷静
25日の基準値の低め設定については、6月に予想される米利上げに備えたとみる向きもあり、DBS銀行の王良享・財資市場董事総経理は米利上げ決定に伴う高値からの元急落を避けるため、あらかじめ低めに誘導したとの見方だ。人民元の対米ドル相場は1−4月にほぼ横ばいに推移した後、5月1−25日には米ドル高の影響などから1.7%下落したが、その他の主要通貨に対しては上昇。「CFETS人民元為替レート指数」(13通貨間における人民元の相対的価値を表す指標)は小幅の元高に当たる0.23%高と、実効レートは安定的だった。
また、翌26日には基準値が再び前日比で元高水準に設定されたこともあり、短期的な元急落観測はほとんど存在しないが、それでも国内経済の減速感の再燃や米利上げ観測などから、対米ドルでの元安観測は根強い。天王国際金融の盧楚仁行政総裁は、下期には1米ドル=6.82−6.88元まで元安が進むとの見方だ。一方、元相場に対して従来から悲観的な大和証券キャピタル・マーケッツのョ志文アジア部門シニアエコノミストは、中国にとって資金流出の最悪期はこの先到来するとの見方。16年に2度、17年に3度の米利上げを見込み、元相場が1米ドル=7.5米ドルまで大きく下げるとの悲観予想を据え置いた。同氏は債務の形で現在中国に流入している3兆米ドルの資金が“流出予備軍”に当たるとの認識であり、外貨準備の減少リスクに対する市場の過小評価を指摘している。
ちなみに人民元の対米ドル相場の基準値は15年に6.1%下落(オンショア相場は4.7%下落)。元安阻止に向けた元買い/米ドル売り介入を受け、政府の外貨準備高は通年で5000億米ドルを超えて減少した経緯があった。
◆人民銀が元相場“市場化”を停止=ウォール・ストリート・ジャーナル
一方、中国の為替政策に関する『ウォール・ストリート・ジャーナル』の24日の報道によると、急速に元安が進んだ1月上旬の段階で、人民銀行は基準値の市場化メカニズムの運用を停止することを内々に決定。さらに3月には景気減速を背景とした資本流出圧力の高まりに対処するため、「元相場の安定」を主要任務に据えた。同行は昨年8月11日に基準値切り下げを実施した際、元相場の市場化を進める方針を示したが、その後半年余りで、元相場は政府管理下に戻ったという。
また、中国共産党機関紙『人民日報』は5月9日付の1面に「権威筋」の論説を掲載し、これが従来の政策路線を真っ向から否定するものとして注目を集めたが、WSJの報道によると、この論説は習近平国家主席の側近経済顧問が指示したもの。この「権威筋」は為替相場を安定化させる必要性を強調しており、現在の人民銀行の政策方針と合致するという。
『香港経済日報』はWSJが指摘する為替政策の見直しについて、「政策方針の抜本的な変更ではなく、為替急落に対処した市場化策の一時停止に過ぎない」としながらも、市場が再び、元安とグローバル資金の流出について懐疑的になっている可能性を指摘。いったん何らかの波乱が生じた場合、大量の資金流出や株安を招く可能性が高まったとみている。また、元急落や資本流出の加速といった危機的な事態を未然に防ぐためにも、中国政府による為替政策の明確化や市場とのコミュニケーションの強化が不可欠との見方だ。
なお、元安は多額の米ドル建て(香港ドル建て)債務を抱える航空や不動産のほか、原材料を米ドル建てで調達している製紙にとって逆風。輸出銘柄にとっては追い風となるが、5月に入ってからの元安はほぼ対米ドル限定であり、その恩恵を受けるのは米国向け販売を主力とする一部の輸出銘柄となる。